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3.マリー・アントワネットの本性

 マリー・アントワネットにはわがままな性格で浪費家というイメージがあり、彼女の言動や振る舞いが、フランス革命で民衆の怒りに火を点けた原因の一つとされていますが、これには諸説あることが知られています。いったい、マリー・アントワネットは本当はどんな女性だったのでしょうか。

 マリー・アントワネットはオーストリアのウィーンで、名門ハプスブルク家に生まれました。
 幼いころからイタリア語やダンスを習い、作曲家グルックのもとで身に付けたハープなどの演奏は、彼女の最も得意とする分野でした。オーストリア宮殿で、とても家庭的な環境に育ちました。

 14歳のとき、マリー・アントワネットはフランス国王ルイ15世の孫(のちのルイ16世)と結婚します。政略結婚でした。
 フランス宮廷(ベルサイユ宮殿)内では、女性同士の仲が非常に悪く、いくつかの派閥に分かれて常に対立していました。ルイ16世との夫婦仲もあまり良くはなく、それらのストレスを発散するために、夜ごと仮面舞踏会で踊り明かしたり、子どもが生まれるまではギャンブルにも熱中することもありました。

 また、マリー・アントワネットはファッションセンスが良く、彼女が好んで着ていたブランドドレスやヘアスタイルや宝石は、フランス宮廷内だけでなく、周辺諸国の上流階級の女性たちにも流行しました。
 このように、公私ともに派手な生活を送っていたマリー・アントワネットは、いつしか「わがままな浪費家」というレッテルを貼られて、主に貧困にあえぐ国民から「憎しみの象徴」にされてしまいます。

 そして、とうとう悲劇が起こります。フランス革命の勃発です。
 政治犯の多くが捕われていたとされるバスチーユ監獄を襲撃した民衆は、そのままルイ16世やマリー・アントワネットをはじめとする国王一家を拉致・軟禁します。

 さらに国王一家は、ひそかにフランスを脱出してオーストリアに亡命しようとしたことで、まだわずかに残っていた「親国王派の国民」からも見離されてしまいます。そして、再び捕えられた国王一家は、新たな革命政府による裁判で死刑判決が下されます。
 マリー・アントワネットは、民衆の面前でギロチンにかけられて37歳の生涯を終えるのです。

 そもそも、フランス革命が起こった背景としてあげられる要因は、以下のようなものでした。

@.モンテスキューやルソーなどの啓蒙(けいもう)思想家によって"身分制社会・封建社会への批判"が民衆の間に広がったこと(思想的な背景)。
A.もっとも華やかに浪費を積み重ねたルイ14世の時代からの累積赤字やアメリカ独立革命を支援したときの軍事費などによって国家財政が窮乏し、その負担が市民や農民に"増税"として降りかかったこと(社会的な背景)。

 つまり、マリー・アントワネットのわがままな性格や浪費行動は、思想的な背景においても社会的な背景においても、あまり関係がなかったのです。
 そして、そのわがままな浪費生活によって貧困層の憎しみを一身に集め、フランス革命の「感情面での元凶」のように位置付けられているマリー・アントワネットは、のちのちの研究者によってさまざまな「擁護論」が展開されることとなったのです。

 まず一つに、かの有名な「パンがなければ、お菓子を食べれば良いじゃない。」と発言したエピソードについて言えば、当時のフランスには「飢饉などによってパンが不足したときは、普段は高価なお菓子などをパンと同じ値段にまで下げなければならない。」という法律があったことがあげられます。

 マリー・アントワネットは、(この時代は)パンを作るためには上質な小麦粉を使い、お菓子を作るときには質の悪い小麦粉に卵や砂糖を混ぜて作っていたことや、実際に「パンはないけど、お菓子ならある」という状況がたびたび起こっていることを知っていました。
 ただ、そのときはまさに、たび重なる飢饉によって「パンもお菓子もない」状況だったのですが、マリー・アントワネットは「お菓子の値段を下げる法律」を発動させる目的で、この発言をしたのだという説が有力になっているのです。

 また、彼女のギャンブル癖は子どもが生まれると同時に治っていることや、自分の子どもにはおもちゃを我慢させたり、彼女が好んで周辺諸国の上流階級に流行させたファッションは、実はとても質素なデザインだったことなど、浪費家どころか倹約家としての一面ものぞかせていたのです。さらに、貧しい人々に対しては宮廷内で施しを行なうなど心優しい一面もあったというのです。

 にもかかわらず、
「マリー・アントワネット=(イコール)わがままで、国家財政を喰い尽すほどの浪費家」
 のようなレッテルを貼られてしまったのは、かつて宮廷内で派閥をつくって対立していた女性たちが、市民や農民たちに"あることないこと"悪口をふれ回っていたことが原因だったらしいのです。

 はたして、マリー・アントワネットという女性の真実の姿は、いったいどちらだったのでしょうか?歴史上の位置づけの通り「わがままな浪費家」だったのでしょうか?それとも「心優しい倹約家」だったのでしょうか?
 私は、このどちらの可能性もあると考えています。裕福な家庭に生まれて何一つ不自由なく育った人は、両極端な2つのタイプの性格に分かれます。

@.経済的に恵まれて、欲しいモノも全て買い与えられてきたけど、両親からの(精神的な)愛情をあまり受けずに育つと「傲慢でわがまま」な人間になります。
A.経済的に恵まれて、欲しいモノも全て買い与えられて、両親からの(精神的な)愛情もタップリと受けながら育つと「節度ある心優しい」人間になります。

 実際に、そういう人間を何人も見てきました。


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