人間関係と恋愛を科学する雑学サイト - Little Riffle(リトルリフル) -
リトルリフル トップページ
http://pata.cocotte.jp

複雑な人間関係や不可思議な恋愛感情など、人間について独自の視点で科学する雑学サイト


※携帯サイトへ
イメージ画像75-004

歴史やおとぎ話から読み解く人間性や恋愛事情

 竹取物語やグリム童話に見られる、美しい姫に求婚した男たちに与えられた幾つか難題その対処法の違いや、楊貴妃やクレオパトラがどうして世界三大美女に名を連ねるようになったのか? など、歴史やおとぎ話から読み取れる、先人たちの人間性や恋愛事情を分析してみようと思います。


■坂本龍馬の恋愛相談

イメージ画像051
 坂本龍馬は、江戸時代末期〜幕末にかけて活躍した、日本の歴史上とても重要な役割を果たした土佐藩出身の人物です。

 のちのち江戸幕府を倒す中心的な役割を果たすこととなる薩長同盟の仲介役をしたり、日本国内での破滅的な大乱を防ぐため、土佐藩主を通して江戸幕府に船中八策のプランを提示し「大政奉還」を実現させるなど、明治維新という大革命をスムーズに行なわせた功績には計り知れないものがあります。

 また、歴史的な功績のみならず、坂本龍馬にはさまざまな逸話が残されており、とりわけ個人としての恋愛についても、なかなかの才能を発揮していたようです。


●お嬢さまタイプを口説くには、「ギャップ萌え」が有効。


 坂本龍馬の初恋の相手は、土佐藩の上流階級のお嬢さまでした。
 藩の中でもアウトロー(異端児・不良)な人物として有名だった龍馬には、当然、無鉄砲・粗暴な性格なイメージがつきまとっていたことでしょう。
 ところが、その初恋の相手には、自分の想いを和歌に乗せたラブレターを送るなど、無鉄砲・粗暴な性格とは正反対の"繊細さ"をアピールしていたようです。

※とかく世間知らずで、新しいもの・珍しいものに触れる機会の少ないお嬢さま相手では、イメージと行動とのギャップからくる意外性は、相手の興味を引くにはもってこいの作戦です。

●体育会系で男勝りなタイプを口説くには、ロマンチックと女子扱い。


 武者修行と学問のために来ていた江戸では、道場主の娘で、自らも女剣士である男勝りな娘と恋に落ちます。
 さらに見聞を広めるために西へと向かう龍馬は、彼女との別れ際に着物の袖を千切って渡し、「これを私と思って、戻るまで持っていてください。」と言ったそうです。

※普段は汗まみれの体育会系の女子であったり、男勝りで周りから女子扱いされない相手には、ロマンチックさと、あえて"女子扱い"を強調するような口説き方が、相手に新鮮さを感じさせる。

イメージ画像051

●男馴れした女性や風俗の女性を口説くには、羽振りの良さと器(うつわ)の大きさをアピールする。


 坂本龍馬が長崎に行ったのは、西洋列強の情報を得るためでした。のちのちその地を本拠地として海援隊を結成するのですが、長崎では高級遊郭の芸者と"いい仲"になっていたそうです。
 風俗で働く女性というのは、普通は一介の客に対してそうそう心を許しません。ところが、龍馬はケチケチせずにパーッと大金を使ったり、その上で酒をガブ飲みしながらドンチャン騒ぎをし、結局は潰れてしまうような遊び方をしていました。
 そんな羽振りの良い龍馬に対して、器の大きさや(結局は潰れてしまうような)下心のない潔さを感じたそうです。

※男馴れした女性や風俗の女性には、ありふれた口説き文句や回りくどい小細工などは通用しません。あくまでも口説くためではなく、純粋に"酒代・騒ぎ代"として大金をはたいてしまうような下心のなさと器の大きさが、他のお客と一線を画すアピールにつながります。

●警戒心の強い女性や苦労人の女性を口説くには、ケタ外れの面倒見の良さと"運命の出会い"アピールで。


 動乱の京都で、のちのち妻となる恋人"お龍"と出会います。
 お龍は、早くして父親を亡くし、長女としてたった一人で母親と妹たちの面倒を見ていました。いろいろと苦労が多く、そう簡単には他人のことを信用しない強い警戒心と、自らの力で生き抜くため・自らの力で家族を守るためのしたたかさを持ち合わせていました。
 龍馬は、お龍に対して信用されるまでトコトン面倒を見たり、働き口である寺田屋を紹介してあげたりしました。
 また、名前に同じ"龍"の字がある共通点をアピールしたりと、運命の出会いをさりげなく演出したりもしたそうです。

周囲に対して心を閉ざしている女性には、心の底から相手のことを思いやりつつ信用されるまでトコトン係わることが肝要です。また、恵まれない境遇にいる女性には、運命の出会いアピールが有効です。

イメージ画像051
 このように坂本龍馬は、相手の性格や、相手の現在の心情などによってアプローチ方法を使い分けています。もちろん、当時は『恋愛マニュアル本』などもありませんので、龍馬が自分で感じ自分で判断して行動した結果なのでしょう。

 リアルタイムに、相手の気持ちや相手が望んでいることを正確に感じ取り相手の気持ちに配慮しつつ、相手の望みを叶えてあげるように正確に行動すれば、少なくても"相手を喜ばせる"ところまでは誰にでも可能でしょう。
 ですが、それでb確実に口説けるかどうかは、やはり男の側の"根本的な魅力"によるものが大きいのではないでしょうか。

 とはいえ、初恋の女性と江戸での恋人は、龍馬を逃したことを一生後悔していたという話が残っていたり、長崎での恋人(遊郭の芸者)は、龍馬の"無謀な夢"を全力でサポートしてくれたことを考えると、女性からそこまで真剣に想われたということは、龍馬自身の根本的な魅力に加えて、彼女たちにそれ相応の喜びやときめきを与えていたからに他なりません。

相手の性格や、相手の現在の心情などによってアプローチ方法を使い分けることで、坂本龍馬が、彼女たちに"喜び"や"ときめき"を与えていたのは充分に推測できますが、彼女たちから真剣に想われていたのは、彼自身が持つ根本的な魅力によるものが大きかったはずです。

●坂本龍馬が持つ「根本的な魅力」とは?


 女性から見た坂本龍馬の根本的な魅力は、主に2つあると私は考えています。 (※身長が180cm以上あったそうで、長身だったという点も含めれば3つになりますが…)

 一つ目として、アウトロー(異端児・不良)だったという点です。
 現代でも、中学生ぐらいの女子からは絶大な人気を誇る"不良男子"だったということです。
 基本的に、女性は「自分よりもレベルが高い男性」に恋心を抱きます。自分よりもハイレベルな相手と接すると、胸がドキドキしたり近寄りがたい気持ちになります。
 不良男子に対して抱く、(危険を感じて)ドキドキしたり(危険だから)近寄りがたい気持ちを、ハイレベルな男性に対する気持ちと混同してしまうのです。

 そんな中学生女子も、大人の女性に成長していくにつれて、不良男子に対する興味を失っていきます。不良男子の多くが、単純に自己顕示欲を満たしたいだけで、決してレベルが高いわけではないことに気づくからです。

 もしも、自己顕示欲を満たしたいわけではなく、純粋に世のため・人のためを思い、確固たる信念を持った不良男子が現われれば、たとえ大人の女性であったとしても、乙女時代の気持ちそのまま、その不良男子に対してあこがれる気持ちを抱くでしょう。

イメージ画像051
 二つ目として、大きな夢・大きな目標を持っていたという点です。
 くり返しになりますが、基本的に女性は「自分よりもレベルが高い男性」に恋心を抱きます。

 自分には決して足を踏み入れることなど出来ず、口を出すことすらはばかられるような聖域(夢・目標)を持つ男性を見ると、女性は、自分の"平々凡々さ"を思い知らされます。
 男性が何か大事なことに集中しているときに、どうでも良いことで話しかけて無視されたりすると、女性は自分の"くだらなさ"を痛感します。

 そして、相対的に・心理的に、相手を"自分よりもレベルが高い男性"と思い込むのです。
(※時と場合によって、冷たい態度をとったり優しい態度をとったりする男性(つまり、ツンデレな男)が女性からモテるのも、これと同じ心理作用があるからです。)

※女性から見た坂本龍馬の根本的な魅力
  1. 確固たる信念に基づいたアウトロー(異端児・不良)だったという点。不良に対して危険を感じることからくるドキドキ感と近寄りがたい気持ちが、相手に対する恋愛感情と混同させる効果をもたらした。また、それが確固たる信念によるものから、少女だけでなく大人の女性に対しても、同じ思いを抱かせた。
  2. 大きな夢・目標を持っていたという点。大きな夢・目標を持っている男性は、女性に対して(自分のくだらなさと比較して)"相対的に"レベルが高い男性と思わせる効果を生み出す。

●坂本龍馬にとっての「幸せ」とは?


 坂本龍馬は、"人が生まれてくる意味"を、こう話していました。

「人は、為すべきことを為す(成す)ために生まれてくる。」

 龍馬が、自分が成すべきことと考えていたことは、

「迫り来る西洋列強によって危機に瀕している日本を守ること。日本を、西洋列強に滅ぼされないような国に生まれ変わらせること。」

 でした。

 このような壮大な夢を抱き、そんな夢を男から語られたら、女性としてはどんな気持ちになるのでしょうか? おそらく「途方もない夢物語」と思い、最初は本気になどしなかったでしょう。
 ですが、どんどん知識を吸収し、その夢に向けて躊躇なく突き進む龍馬の行動力を目の当たりにして、(彼だったら、もしかしたら本当に成し遂げてしまうかもしれない。)なんて思ったのではないでしょうか。


「人は、幸せになるために生まれてくる。」

 なんて言う人がいます。
ですが、そう思っている人は、本当の幸せをつかむことは出来ないんじゃないかと私は考えます。

  • 自分さえ幸せならば良いのか?
  • 自分さえ幸せならば他の人はどうでも良いのか?
  • 自分と身の回りの人たちさえ幸せならば良いのか?
  • 遠く離れた見知らぬ人たちがたとえ不幸だったとしても、そんなことは気にする必要なんかないのか?

 私が思う本当の幸せとは、

「己(おのれ)が為すべきこと」と定めた信念をつらぬき行動し、一歩一歩夢や目標に向かって近づいていく過程で得られるもの。

 と考えます。

つづく

■竹取物語とグリム童話

 世界各地に「美しい女性(姫)」に求婚する男性の物語が数多く存在します。

イメージ画像051
 平安時代初期に書かれた『竹取物語』には、かぐや姫に求婚する5人の男性が登場します。彼らの身分は、五人が五人とも皇族や貴族など身分の高い男性ばかりなのですが、そもそも結婚などする気のないかぐや姫にとって、お断りする口実が必要になります。

 そこで、一人一人の求婚者に絶対に解決不可能な難題を与えて、それをクリアした男性と結婚すると約束するのです。

  • 一人目の男性には「仏の御石の鉢」
  • 二人目の男性には「蓬莱山の、銀の根と金の茎と白い玉を実とする木の枝」
  • 三人目の男性には「唐土にある火鼠の皮衣」
  • 四人目の男性には「龍の頚にある五色に光る玉」
  • 五人目の男性には「燕が持つ子安の貝」

...を、それぞれ持ってきて欲しい、本当に持ってきた人と結婚すると約束します。

 日本に生まれた『竹取物語』では、五人が五人とも、いわゆる"ニセモノ"を作ることに全力を注ぎます。
 どうやって探してきたか、その過程をいかに真実味を持たせて話すか...要するに知恵くらべ・誤魔化しくらべがメインのお話になっているのが特徴です。

 一方、グリム童話の中の一つ『あくまの三本の金のかみの毛』の中でも、王さまの娘との結婚の条件として
・「悪魔の頭に生えている金の髪の毛を三本」
とってくるという難題を与えられた若者が登場します。

 ゲルマン民族(現在のドイツのあたり)に生まれた『グリム童話』では、日本のそれとは違って、本当に探しに旅立ち、さまざまな妨害があったり、はたまた色々な協力者が現われたりして、見事にその難題を解決してしまうのです。

 このような、「美しい姫と結婚するために難題を持ちかけられる男」の物語は、ゲルマン民族や日本だけでなく、世界各地の伝説・昔話の中に数多く見られます。
 しかし、さまざまな困難を乗り越えて難題を解決する展開が多い中で、日本の『竹取物語』ように知恵くらべ・誤魔化しくらべとして物語が進んでいくものは非常にめずらしいでしょう。

 ここからも読み取れるように、日本人特有の"モノマネが得意な気質"は、はるか平安時代から受け継がれているのかもしれません。また、欧米のように努力や勇気や冒険心よりも先に頭の良さや要領の良さを競おうとする気質についても同じことが言えるのではないでしょうか。

つづく

■楊貴妃とクレオパトラ

 「世界三大美女」というものは世界各地に存在します。
 たとえば、日本では「楊貴妃クレオパトラ小野小町」とされていますが、ヨーロッパの方では「楊貴妃・クレオパトラ・ヘレネ(ギリシャ神話の女神の一人)」などと言われたり、中国では古代中国四大美人として「楊貴妃・西施・王昭君・貂蝉」などがあげられています。

 ヨーロッパの人たちは、日本の小野小町を知っている人などほとんどいませんし、日本人にしても、ギリシャ神話の神々に詳しい人などそれほど多くはありません。ですが、楊貴妃とクレオパトラに関しては世界的に有名です。
 楊貴妃クレオパトラは、それほどまでに美人だったのでしょうか? それとも、世界三大美女の常連に名をつらねるようになったのは、何か他の理由があったからなのでしょうか?


イメージ画像068
 楊貴妃は、唐の時代の蜀(しょく)州に生まれました。

 生まれたときに芳香(ほうこう=良い匂い)が室内に充満したという言い伝えが残っています。

 彼女は、その類稀なる美しさと、音楽や踊りなど芸術方面においてずば抜けた才能を持っていたことから、当時の玄宗皇帝の寵愛を受けるようになりました。

 ところが、彼女を寵愛するようになってからの玄宗皇帝は、政務を怠って楊貴妃とともに遊興にふけるようになり、彼女の兄弟や親類縁者たちも、優遇されて政治的に力を持つようになりました。

 そのため、楊国忠ら楊一族への反感が国民の間で高まり、ついには「安史の乱」という大乱を招いてしまいます。

 乱から逃れて、楊貴妃の実家がある蜀州へ向かう途中で、
「乱の原因は楊一族にある。楊貴妃も例外ではない。」と主張する部下や兵士たちに対して、玄宗皇帝は「楊貴妃は後宮にいただけなので関係ない。」と彼女をかばうが、ついには彼らの要求を受け入れざる負えなくなってしまいます。
 そして、楊貴妃は首つりの刑にて38歳の生涯を閉じるのです。


イメージ画像058
 クレオパトラは、プトレマイオス朝エジプト王国の最後のファラオ(王様・女王様)です。プトレマイオス家は、もともとがギリシアのマケドニア出身のため、クレオパトラもギリシア系の美しい顔立ちでした。

 また、クレオパトラは、すべての植民地の何か国語をも自由自在に話せ、知性がとても高い女性でした。

 先代のファラオである父が亡くなったあと、エジプトでは、クレオパトラと弟とのあいだで王位継承争いが起こります。

 クレオパトラは、隣国のローマ共和国(後のローマ帝国)で権勢を極めていた実力者カエサルを味方につけるために、いわゆる「女の武器」を使ったのですが、そのときに最も効果を発揮したアイテムが、当時はまだ珍しかった「香水」だったと言われています。

 クレオパトラに夢中になってしまったカエサルは、彼女をエジプト女王の地位につけて、征服するのではなく「同盟国」としてエジプトを優遇します。そして数年後には、クレオパトラをローマ本国へと招いて盛大なパレードを催しました。
 もともとカエサルの独裁者ぶりに危機感を持っていたローマ共和国の元老院議員たちは、そのパレードを見て「いよいよもう限界だ。」と悟り、数日後にカエサルを暗殺します。

 その後、ローマ共和国では、カエサルの部下だったオクタビィアヌスアントニウスの権力争いが始まります。
オクタビィアヌスはクレオパトラを嫌っていて、エジプト王国を滅ぼそうと考えていました。そこでクレオパトラは、またまた「女の武器」を使って、今度はアントニウスを味方に引き込みます。ですが、このことで「アントニウスもエジプトを優遇するのか?」と思われてしまい、彼もローマ本国にいられなくなってしまいます。

 そして、最後には「アントニウス・クレオパトラ連合軍」は「オクタビィアヌス・ローマ諸侯の連合軍」との戦いに破れてしまいます。クレオパトラは、ローマ軍に包囲されたエジプト王宮の中で毒蛇に胸を噛ませて39年の生涯を終えるのです。


イメージ画像076
 世界三大美女の常連に名をつらねる楊貴妃とクレオパトラにはいくつかの共通点が見られます。
  1. 嗅覚(匂い)に関すること
  2. 高い知性や教養があったこと
  3. 時の権力者の寵愛を受ける
  4. その権力者が誤まった政治を行なう
  5. 国が傾く・政変が起こる
  6. 非業の死を遂げる
 何百年も前の人なので、もちろん写真など残ってません。また、数少ない肖像画や彫刻についても、その信憑性がイマイチだったりもします。なので、当時の記録から彼女に対する周囲の接し方で判断するしかありません。

 つまり、時の権力者が、政務を怠ってしまうまで心を奪われるほどの美しい女性ということなのでしょう。

 その点をふまえて考えてみると、日本の小野小町が世界三大美女に入ってくるというのは、少々おかしな話のようにも感じてしまいます。
 日本で言えば、たとえば日野富子(※)や天障院篤姫(※)や淀君(※)たちがもしも美人だったとすれば、そっちの方が小野小町よりも、遥かに「(日本版)世界三大美女」に近いのではないかと思うのですが...。

日野富子(ひのとみこ)…室町幕府第八代将軍「足利義政」の妻。彼女の行動が、戦国時代の発端となった"応仁の乱"の一因とされている。日本三大悪女の一人に数え上げられることもある。
天障院篤姫(てんしょういんあつひめ)…江戸幕府第十三代将軍「徳川家定」の妻。家定が病弱なため、事実上、彼女が幕府の実権を掌握していたとも言われている。
淀君(よどぎみ)…豊臣秀吉の側室。秀吉の寵愛を受け、豊臣家の跡継ぎ「秀頼」の生母として実権を握るが、その気性の荒さや思慮の浅さによって徳川家康の策略にはまり、豊臣家の滅亡を招くことになる。織田信長の妹で、絶世の美女と言われていた「お市の方」の娘でもあることから、美人だった可能性は高い。

 まとめると、楊貴妃やクレオパトラのように「傾国の美女」とも言われる「国を傾けるほどの影響力を持った美女」こそが世界三大美女の条件と考えられるわけですが、ともに「高い知性と教養」と「嗅覚(匂い)に関すること」が、その他の共通点としてあげられることが注目すべき点でしょう。

 つまり、女性はただ"見た目が美しければそれで良い"というものではなく、高い知性と教養があってこそ、初めて「それに見合った相応の男性」から愛情を受けることができるということです。また、そういった男性の心を射止めるポイントとして、男性の嗅覚を利用するのが、最も有効な手段の一つなのかもしれません。

つづく

■マリー・アントワネットの本性

 マリー・アントワネットにはわがままな性格浪費家というイメージがあり、彼女の言動や振る舞いが、フランス革命で民衆の怒りに火を点けた原因の一つとされていますが、これには諸説あることが知られています。いったい、マリー・アントワネットは本当はどんな女性だったのでしょうか。

イメージ画像077
 マリー・アントワネットはオーストリアのウィーンで、名門ハプスブルク家に生まれました。

 幼いころからイタリア語やダンスを習い、作曲家グルックのもとで身に付けたハープなどの演奏は、彼女の最も得意とする分野でした。

 オーストリア宮殿で、とても家庭的な環境に育ちました。

 14歳のとき、マリー・アントワネットはフランス国王ルイ15世の孫(のちのルイ16世)と結婚します。政略結婚でした。

 フランス宮廷(ベルサイユ宮殿)内では、女性同士の仲が非常に悪く、いくつかの派閥に分かれて常に対立していました。ルイ16世との夫婦仲もあまり良くはなく、それらのストレスを発散するために、夜ごと仮面舞踏会で踊り明かしたり、子どもが生まれるまではギャンブルにも熱中することもありました。

 また、マリー・アントワネットはファッションセンスが良く、彼女が好んで着ていたブランドドレスやヘアスタイルや宝石は、フランス宮廷内だけでなく、周辺諸国の上流階級の女性たちにも流行しました。
 このように、公私ともに派手な生活を送っていたマリー・アントワネットは、いつしか「わがままな浪費家」というレッテルを貼られて、貧困にあえぐ国民から「憎しみの象徴」にされてしまいます。

 そして、とうとう悲劇が起こります。フランス革命の勃発です。
 政治犯の多くが捕われていたとされるバスチーユ監獄を襲撃した民衆は、そのままルイ16世やマリー・アントワネットをはじめとする国王一家を拉致・軟禁します。

 さらに国王一家は、ひそかにフランスを脱出してオーストリアに亡命しようとしたことで、まだわずかに残っていた「親国王派の国民」からも見離されてしまいます。そして、再び捕えられた国王一家は、新たな革命政府による裁判で死刑判決が下されます。
 マリー・アントワネットは、民衆の面前でギロチンにかけられて37歳の生涯を終えるのです。


 そもそも、フランス革命が起こった背景としてあげられる要因は、以下のようなものでした。

1.モンテスキューやルソーなどの啓蒙(けいもう)思想家によって「身分制社会・封建社会への批判」が民衆の間に広がったこと(思想的な背景)。
2.もっとも華やかに浪費を積み重ねたルイ14世の時代からの累積赤字アメリカ独立革命を支援したときの軍事費などによって国家財政が窮乏し、その負担が市民や農民に「増税」として降りかかったこと(社会的な背景)。

 つまり、マリー・アントワネットの"わがままな性格"や"浪費行動"は、思想的な背景においても社会的な背景においても、あまり関係がなかったのです。そして、そのわがままな浪費生活によって貧困層の憎しみを一身に集め、フランス革命の「感情面での元凶」のように位置付けられているマリー・アントワネットは、のちのちの研究者によってさまざまな「擁護論」が展開されることとなったのです。


イメージ画像074
 まず一つに、かの有名な「パンがなければ、お菓子を食べれば良いじゃない。」と発言したエピソードについて言えば、当時のフランスには、

「飢饉などによってパンが不足したときは、普段は高価なお菓子などをパンと同じ値段にまで下げなければならない。」

という法律があったことがあげられます。

 マリー・アントワネットは、(この時代は)パンを作るためには上質な小麦粉を使い、お菓子を作るときには質の悪い小麦粉に卵や砂糖を混ぜて作っていたことや、実際に「パンはないけど、お菓子ならある」という状況がたびたび起こっていることを知っていました。

 ただ、そのときはまさに、たび重なる飢饉によって「パンもお菓子もない」状況だったのですが、マリー・アントワネットは「お菓子の値段を下げる法律」を発動させる目的で、この発言をしたのだという説が有力になっているのです。

 また、彼女のギャンブル癖は子どもが生まれると同時に治っていることや、自分の子どもにはおもちゃを我慢させたり、彼女が好んで周辺諸国の上流階級に流行させたファッションは、実はとても質素なデザインだったことなど、浪費家どころか倹約家としての一面ものぞかせていたのです。さらに、貧しい人々に対しては宮廷内で施しを行なうなど心優しい一面もあったというのです。

 にもかかわらず、

マリー・アントワネット=(イコール)わがままで、国家財政を喰い尽すほどの浪費家

 のようなレッテルを貼られてしまったのは、かつて宮廷内で派閥をつくって対立していた女性たちが、市民や農民たちに"あることないこと"悪口をふれ回っていたことが原因だったらしいのです。


 はたして、マリー・アントワネットという女性の真実の姿は、いったいどちらだったのでしょうか?
 歴史上の位置づけの通り「わがままな浪費家」だったのでしょうか? それとも「心優しい倹約家」だったのでしょうか?
 私は、このどちらの可能性もあると考えています。裕福な家庭に生まれて何一つ不自由なく育った人は、両極端な2つのタイプの性格に分かれます。

1.経済的に恵まれて、欲しいモノも全て買い与えられてきたけど、両親からの(精神的な)愛情はあまり受けずに育つと「傲慢でわがままな」人間になります。
2.経済的に恵まれて、欲しいモノも全て買い与えられて、両親からの(精神的な)愛情もタップリと受けながら育つと「節度ある心優しい」人間になります。

 実際に、そういう人間を何人も見てきました。

つづく


人間関係と恋愛を科学する雑学サイト - Little Riffle(リトルリフル) -

トピックス

topics
恋愛感情の起源-生物学的見地
 そもそも恋愛格差というものは、今に始まったことではありません。古来から"モテる男性"と"モテない男性"は歴然と存在していました...
by.男って、絶対に浮気...より
「好き」の構成要素
 今回は好きという感情がどこからきて、何に由来し、何がその感情を引き起こす原因になっているのかについて考えてみたいと思います...
by.好きと嫌いの仕組みより
嫌われる人の特徴
 嫌われる人の特徴は、いい人であれば誰もが知っています。そして、いい人は、自分はそうならないようにいつも気をつけています。だから、一見、いい人は嫌われる人の特徴のどれにも当てはまりません...
by.いい人がモテない理由...より


メールマガジン登録

お名前(ハンドルネーム可)

メールアドレス


本の紹介

●蜜柑寮
〜キミを奪う天使とボクを救う悪魔〜

『蜜柑寮』 書籍画像1

■恋愛経験がなくて、勇気を出すこともできない人間が『最初に獲得するべき自信』とは?
■リアルな恋愛の第一歩すら踏み出せない人が行なうべき【その準備と初めの一歩】!

■著者:木下雄介
■オリジナル版:\1,750-
 〃 (PDF版:\1,400-)
■〃・解説付き:\1,950-
 〃 (PDF版:\1,560-)

※ご購入は販売方法について
※本の解説ページはこちら


ご意見・ご感想メール


広告サイト

ガリレオ占星術
 西洋占星術の新解釈〜ガリレオ占星術

広告募集