人間関係と恋愛を科学する雑学サイト - Little Riffle(リトルリフル) -
豊かさとは何か〜孔子に学ぶ〜
http://pata.cocotte.jp

複雑な人間関係や不可思議な恋愛感情など、人間について独自の視点で科学する雑学サイト


※携帯サイトへ
イメージ画像 hisigata_orange004.gif

豊かさとは何か〜孔子に学ぶ〜

 2500年も昔に生きた人でありながら、今でも充分に通用する数々の名言を残した孔子。
 彼が残した言葉から生まれた儒教思想は現代社会にどのように関わっているのでしょうか? もしも儒教思想を現代社会に生かすのであれば、どの言葉や考え方を、どのように生かせば良いのか?...について考察してみようと思います。
 また、孔子が残した「民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく」という言葉の真の意味を理解することで、"夢を持たない"と言われる現代日本に住む若者たちに、その進むべく指針を与える手助けを出来たらと考えています。


1.孔子が残した『論語』について

 孔子が残した『論語』について、その内容における最大の特徴としてあげられるのは、あくまでも人としての生き方を追求した書物であるという点です。
 たとえば...

・人は、何のために生まれてきたのか?
・死後の世界について
・神仏に祈ることの大切さ
・自然現象の摂理について

 上記のようなことについては、"ほぼ皆無"と言っていいほど語られていません。

イメージ画像068
 孔子は、(どんなに調べても、どんなに考えても、分からないものは分からない。)といった姿勢で、"鬼神・超能力・奇跡"の類(たぐい)には極力ふれず、あくまでも"現実のみ"を見て、人としての理想的な生き方を論じることに終始したのです。

「民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく」
(人として行なうべきことに全力を注ぎ、神仏悪鬼の類は何もしないでソッとしておく)

 これは、孔子が残した有名な言葉です。実際の孔子の行ないは、祭祀に対して精一杯の儀礼を尽くしながらも、そこに関してはほとんど語ることがなかったと言われています。神仏悪鬼を"存在しないもの"として完全に無視しているわけではなく、それなりに形ばかりのことはしていたのです。

 たとえそれが"不確かなもの"であっても、不確か"なり"のことはする、という姿勢は、孔子にも人間らしい柔軟性が備わっていたことを表わしているようです。

  • 孔子が生きていた時代…神仏悪鬼の類(たぐい)は存在するらしいが、ハッキリとは分かっていない。
    (=少なくても、孔子自身は見たことがない。)
  • 現代の日本…神仏悪鬼の類は存在しないことが、科学によってほぼ認められている。
    (=科学によって存在が確認されていない。)

 また、孔子は「奇跡」や「運命」といったものについても同じように考えていました。
 奇跡は(起こるかもしれないし、起こらないかもしれない)ことであり、運命は(決まっているかもしれないし、決まっていないかもしれない)ことである。そういった不確かなものに対する期待は"夢見る程度"にとどめて、もっと現実的で確かなものに力を注ぐべきだとしています。

 ちなみに、私の場合などは、定期的に宝くじを買う程度のことはしますが、競馬・競輪・パチンコなどの、いわゆるギャンブルの類は一切やりません。そのギャンブルに"確実に勝てる"という必勝法が理論的に確立されているのであれば手を出すかもしれませんが、その勝ち負けの大半が「運」に左右されるものに、それほどエネルギーを注ぎ込もうとは思えないのです。

 そもそも、孔子を見習ってそうしていたわけではないのですが、完全否定もせず、完全肯定もせず、人間らしい適当な柔軟性をもった孔子さんだったら、きっと「それぐらいがちょうど良い」と言ってくれるのではないでしょうか?


2.忍びざるの心

『論語』の中で孔子は、人が生きていく上で最も大切なことは「」であると言っています。

 ""とは""と""が合わさったものであり、「」は、人が生まれながらに持っている真心や良心のことを指し、「」は、「自分がイヤなことは他人に押し付けない」「他人のことを自分のことのように考える」などの思いやりを表わしています。

イメージ画像049
 この"恕(思いやり)"の心がけについて、のちの孟子は「忍びざるの心」という言葉で表現しています。これは、(他人の不幸をそのまま見過ごすには忍びない)と思う心と、それにともなう具体的な援助行動を意味しています。

 この"忍びざるの心"が最も必要なのが、現代の日本社会における「格差問題」ではないでしょうか?

 たくさんの収入を得ている人たち(高額所得者)がいる一方で、同じ時間、同じように働きながら、非常に少ない収入しか得られない人たち(低額所得者)もいます。
 かといって、高額所得者が低額所得者に何らかの手を差し延べて救済するようなこともなく、ただ"見て見ぬフリ・見殺し"にしているだけの状況です。

 もちろん、難しい状況も多々あるでしょう。
 自分たちの生活だけで精一杯とは言わないまでも、高額所得者の大半は、低額所得者たちに援助をするまでの余裕があるわけではないでしょうし、仮に誰か一人に援助したとしても、それを聞きつけた大勢の低額所得者たちに「私も、私も」と殺到されてしまっても困るわけですから。また、たとえ援助したとしても、それが一回や二回では根本的な問題解決にはならず、援助は継続的に(できれば永続的に)続けなければ意味がない、ということもあります。

 この他にも、施し(ほどこし)を受ける側のプライドなど、実にたくさんの問題点があり、高額所得者が低額所得者に対して"個人的に"「忍びざるの心」を発揮するのは、ほぼ不可能と言っても良いでしょう。

 要するに、個人の善意(=個人の「忍びざるの心」)だけでは、どうにもならないのが現代日本の「格差問題」なのです。個人の力ではどうにもならないのであれば、これはもう「政治の力」に頼るしかありません。

イメージ画像059
 現代の日本の政治家の方たちも、それなりにがんばってくれているとは思います。

 格差問題の大きな元凶の一つ「派遣法」について、正社員としての採用を増やす方向へと改正に次ぐ改正をくり返していますし、最近では(全国の最低賃金を時給800円にする)を目標に、いろいろと調査したり知識人・関係者たちから話を聞いたりしているようです。

 ですが、それで本当に解決できるのでしょうか?
偽装請負」や「名ばかりの正社員」などの問題や、某派遣大手による、通信費やらなんとか費やらで、意味不明な経費を給料から天引きしていた問題など、現行の法律をチョコチョコいじる程度では、見かけ上は変わっても実質は何も変わらないのではないかと思うのです。


 孔子は、政治というものに対して、こんなことも言っています。

 法律や制度を整えて、刑罰によって人を縛る政治では、人は必ず法網をすり抜けるために恥ずかしい行ないをする仁(忠+恕)の心を持ち、自らそれを実践する者が国を引っぱれば、恥ずかしい行ないをする人はいなくなる。

 つまり、現代日本の格差問題に対処するには、政治家自らが、低額所得者に対して「忍びざるの心」を発揮しなければならないということです。たとえば、以下のような方法が考えられます。

  1. 国会議員・地方議員の給料を、時給800円にする。(全国の最低賃金が800円になってから。それまでは680円とか、その時点での最低賃金を基準にして給料を計算する。)
  2. 国会議員・地方議員は、個人の私有財産(家・土地・貯金など)をすべて国家に返納し、本人とその家族は議員宿舎で生活をする。(返納された資産は、低額所得者限定の定額給付金として分配する。)
  3. 会議中の居眠りや携帯電話遊びなどが発覚したり、明らかに議員としての資質に欠けると思われる行動があれは、ペナルティーとして賃金カットまたは議員を辞職してもらう。
(※注:あくまでも、個人的な意見です。)


 実質的には、これ自体で格差問題が解決するわけではありません。
 国家財政・地方財政に関して、議員の時給を800円にすることで生じる人件費の削減や、私有財産の返納による収入は、まあ、大勢に影響がない程度の効果しか期待できないでしょう。居眠りや携帯遊びでの議員へのペナルティーなどは、格差問題には全く関係ありません。

 ですが、こうして政治家が自ら「忍びざるの心」を実践する姿勢を示すことこそが重要なのです。
 自分たちは安心してノウノウと暮らせるほどの高額な給料をもらいながら、まるで"他人事"のように格差問題に取り組むのではなく、自ら低額所得者の立場に身を落としたうえで、最低賃金が政治家本人の収入にも影響するギリギリの状況で取り組んでこそ、本当の意味で「忍びざるの心」が持てるというものです。

 こうした政治家の姿勢が、近年ますます強まっている"政治不信"を打破するとともに、「忍びざるの心」をもって国を引っぱることで、企業のトップたちをはじめ国民全体の心も世の中も変わっていくと思うのです。



3.孔子の夢

 あるとき、孔子の弟子たちは、「もっとお金を稼ぎたい」「出世して名誉が欲しい」「健康で長生きしたい」など、おのおのの「夢と希望」について語り合っていました。

 弟子の一人が孔子にも尋ねたところ、孔子はこのように答えました。

友人には信頼され、若者には慕われ、老人には安心を与えられるような人になりたい。

 孔子が残した言葉をまとめた『論語』は、主に"個人としての人の有り方"について語られることが圧倒的に多いのですが、孔子自身が政治家でもあったことから、それは"個人だけでなく政治や社会の有り方"にも通じる内容であることも多いと言われています。
 そのことから、上記の言葉を政治や社会になぞらえて言い換えれば、

国民がみな信頼関係で結ばれ、すべての年長者は若者から尊敬され、すべての人が安心して老いることができる社会をつくりたい。

イメージ画像107
 ということになるでしょうか。これは、現代の日本社会における「福祉問題」にも通ずると思います。

 具体的に、どこをどうすれば良いのか想像もできませんが、たとえば「スウェーデン」のような福祉政策を日本でも取り入れるようなことが必要なのだと思います。

 不景気は、国民全体の"雰囲気"が大きく影響します。「不景気だ、不景気だ。」と騒いでいればますます不景気になるのもそうですが、もう一つの精神的な原因として、政治不信をベースとした「社会保障(福祉政策)への不安感」があるのは確かです。

 民主党だの自民党だの、首相を誰にするだの、次の選挙はどうだのと騒いで政治をさぼり続けるのは、もういい加減にして欲しいものです。

 本人の、政治家という"職業"を維持することに必死になったり、政権争いにばかり力を注いでないで、みんなで力を合わせて政治を安定させることが、最大の景気対策になるのではないでしょうか?
 その上で社会保障(福祉政策)を充実させるようにすれば、派遣法やら最低賃金やらその他のことは少しだけ微調整するぐらいでも、充分に景気は回復していくと思うのです。

 世界一の福祉国家「スウェーデン」を手本に政策を進めるとすれば、消費税を中心とした税金の負担が数倍に跳ね上がるので、一時的に景気に悪影響が出るかもしれません。
 しかし、その税金で社会保障を充実させて、国民から老後の心配を払しょくさせることができれば、老後に備えて貯蓄する必要がほとんどなくなり、みんな手持ちのお金を使い始めるでしょう。

 結果として、最終的には、景気は適度なレベルにまで回復するでしょうし、国民には「生活に対する安心感」が生まれて、国民みんなが楽しく暮らせるようになると思うのです。

 万一、景気は低迷したままだったとしても、「生活に対する安心感」だけは得られている分、最低でも"みんなの幸福度"は向上するので結果オーライだとも思うのですが...。

 孔子の弟子たちが夢見ていた「もっとお金を稼ぎたい」「出世して名誉が欲しい」「健康で長生きしたい」のような"自分が、自分が"と個人の願望を満たすことばかり考える政治家ではなく、孔子のように"みんなのため、国民のため"を第一に考える政治家が増えることが、日本の明るい未来のためには必要だと思うのです。


4.死後の世界・鬼神への対処法

 ある日、弟子から「死とは何でしょうか?」と問われた孔子は、こう答えました。

生のことすらよく分からないのに、死のことなど分かるはずがない。

 またある日、弟子から「鬼神にはどう対処すればよいでしょうか?」と問われると、

人に対処する方法すらよく分からないのに、鬼神に対処する方法など分かるはずがない。

 と答えました。要するに、孔子は弟子たちからの質問をテキトウにはぐらかしたのです。

イメージ画像075
 このエピソードは、一般的に孔子の"現実主義"を表わしている言葉とされていますが、ただ単にそれだけではなく、(この問答にはもっと深い意味があるのではないか?)という説もあります。

 たとえば、死んだ後に自分は"天国"にいくのか"地獄"にいくのか悩んでいる人がいたとします。
 生きている今、どんなに悩んでいても仕方ないことなのですが、普通に考えれば、生きているうちに良い行ないをすれば天国へ、悪い行ないをすれば地獄へ行くことになると想像できます。

 ですが、もしかしたらその逆なのかもしれません。
 だからといって、生きている今、それが"逆"なのかどうかを知ることはできません。

 つまり、以下の4つケースが考えられるのです。

  1. 生きているうちに"良い行ない"をして、死後は天国へ行く。
  2. 生きているうちに"悪い行ない"をして、死後は地獄へ行く。
  3. 生きているうちに"悪い行ない"をして、死後は天国へ行く。(逆だった場合)
  4. 生きているうちに"良い行ない"をして、死後は地獄へ行く。(逆だった場合)

 何にしても、地獄へ行くのはご勘弁願いたいところでしょう。
 2番のように、当然の報い(むくい)として地獄へ行かされるのと、4番のように、良い行ないをしていたにもかかわらず、地獄へ行かされてしまうのではどちらがマシか?…という話にもなります。
 2番であれば自業自得なのであきらめもつくが、4番の場合は(なぜ私が!?)と思ってあきらめ切れないというのもあるでしょう。

 ただ、そういう気持ちになるのは、自分が天国に行くため...つまり私利私欲のために良い行ないをしていたからであって、死後のことなど考えずに、純粋な気持ちで良い行ないをした結果であれば、たとえ地獄へ行かされてしまっても、後悔しないのではないでしょうか?

 たとえば、鬼神に対処する方法として「いつも槍(やり)を持ち歩く」という方法があるとします。ですが、鬼神に対して本当に槍が通用するのかどうか、誰にも分かりません。

 以下の3つのケースが考えられます。

  1. 本当に鬼神とはち合わせて、槍を使って撃退することができた
  2. 本当に鬼神とはち合わせて、槍を使ったけど全く通用しなかった
  3. 鬼神とはち合わせることは一度もなかった

イメージ画像074
 1番なら良かった。2番だったら残念でした。ですが、おそらく普通はみんな3番になるでしょう。

 3番だった場合、通用するのかどうかは分からないとはいえ、いちおう備えだけはしておいたので、それなりに"安心感"を得ることはできたでしょう。

 ですが、きっと常に槍を持ち歩くのは重たいし嵩張る(かさばる)し、なにかと不便なことも多かったのではないでしょうか。

 何はともあれ、死後のケースにしても鬼神のケースにしても、本当のところは全く分かりません。生きている今の私たちには、調べることすらできません。

 ならばせめて、死後のことや鬼神のことなど考えずに、ある程度なら分かっている"生きている今"に全力を注いていくのが最も良い生き方ではないでしょうか?

 死後のことは、死んでみれば分かることだし、鬼神のことは、実際にはち合わせてみれば分かることです(はち合わせることはないとは思いますが...)。そうなる前にあれこれ悩んでも仕方ありません。

 死後どうなるか分からない以上、せめて後悔だけはしないように、生きているうちは"良い行ない"を多くするようにし、槍が良いのか何が良いのか分からない以上、せめて身体だけでも鍛えて健康を保つのが良いのではないでしょうか?

 いわゆる「人事を尽くして天命を待つ」のような心がけを持ち続けることが大切なのでしょう。



人間関係と恋愛を科学する雑学サイト - Little Riffle(リトルリフル) -

トピックス

topics
恋愛感情の起源-生物学的見地
 そもそも恋愛格差というものは、今に始まったことではありません。古来から"モテる男性"と"モテない男性"は歴然と存在していました...
by.男って、絶対に浮気...より
「好き」の構成要素
 今回は好きという感情がどこからきて、何に由来し、何がその感情を引き起こす原因になっているのかについて考えてみたいと思います...
by.好きと嫌いの仕組みより
嫌われる人の特徴
 嫌われる人の特徴は、いい人であれば誰もが知っています。そして、いい人は、自分はそうならないようにいつも気をつけています。だから、一見、いい人は嫌われる人の特徴のどれにも当てはまりません...
by.いい人がモテない理由...より


メールマガジン登録

お名前(ハンドルネーム可)

メールアドレス


本の紹介

●蜜柑寮
〜キミを奪う天使とボクを救う悪魔〜

『蜜柑寮』 書籍画像1

■恋愛経験がなくて、勇気を出すこともできない人間が『最初に獲得するべき自信』とは?
■リアルな恋愛の第一歩すら踏み出せない人が行なうべき【その準備と初めの一歩】!

■著者:木下雄介
■オリジナル版:\1,750-
 〃 (PDF版:\1,400-)
■〃・解説付き:\1,950-
 〃 (PDF版:\1,560-)

※ご購入は販売方法について
※本の解説ページはこちら


ご意見・ご感想メール


広告サイト

ガリレオ占星術
 西洋占星術の新解釈〜ガリレオ占星術

広告募集